2002年9月の不定期日記 
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不定期日記



■ 2002.9.28   練習にて

 次の演奏会の選曲にムソルグスキーの『展覧会の絵』が挙がり、楽譜が配られた。譜面を一瞥するなり、弦楽器には軽いどよめきが走ったが、どこのアマオケでもトップを張れるような猛者揃いの管楽器は概ねにこにこしている。ただファゴット三名だけが、青ざめていた。
 すぐに、パート分けの談合がはじまる。フルートは紳士的にアミダクジを囲み、久々の出動に喜ぶトロンボーンは勢い余って野球拳でトップ争いをしている。一方ファゴットでは、円卓を前にした中国人もかくやの壮絶な譲り合いが演じられていたが、そこへパーカッションがやってきて、今回は一人余るだろうから、銅鑼の人手が足りないのを手伝ってくれと言った。ファゴットの面々は一瞬顔を見合わせた後、今度は壮絶な銅鑼の取り合いが始まった。

※実話です。
※こんな曲を初見で吹く羽目に陥って、そもそも無茶だと心の中で叫びつつ、今日晒したあまりのボロボロさ加減は、魂のHPを根こそぎ持っていく勢いでした。勇者は城に帰って回復します。<満身創痍


■ 2002.9.27   引用魔

考える余力がないときの発作。

そんなことに費やすには人生はあまりに短い。如何にぱっとしない人生でも。 (『戦争の法』佐藤亜紀)

悪が持つ秘密とはただひとつ、悪に秘密がないということだけなのかもしれません。 (『郊外の家』ミヒャエル・エンデ/田村都志夫・訳)

汝と住むべくは下町の
昼は寂しき露地の奥
古簾垂れたる窓の上に
鉢の雁皮も花さかむ (『戯れに(二)』芥川龍之介)

空の下に死んだように
陰鬱な潮がひろがる (『海中の都市』エドガー・アラン・ポー/阿部保・訳)

人はなぜ追憶を語るのだろうか。 (『幽霊』北杜夫)

もしほんとうに賢ければ、ひとは椅子に座ったまま世界の光景をそっくり楽しむことができる。本も読まず、誰とも話さず、自分の五感を使うこともなく。魂が悲しむことさえしなければ。 (『断章』フェルナンド・ペソア/澤田直・訳)


■ 2002.9.22   ぼくのおじさん

 子供にとって、家のなかにごろごろしている独身の叔父さん(または伯父さん)というのは、ちょっと特別な存在なような気がする。子供がいないせいか面白がってよく構ってくれるし、親のように口やかましくない。家にごろごろしているくらいだから、世間的に見れば甲斐性なしの部類に入るんだろうが、その分、他の大人たちのように説教臭いことは言わない。それどころか、「いつまでもぐーたらしてないで、早く身を固めなさい」なんて、常日頃自分たちが親から言われているような小言を、他の親族から食らっているような姿を目撃して、幾許かの連帯感を味わったりする。
 実は私にも、こういう伯父がいました。いました、というのは、今はもう結婚してしまったからで、生きてはいる。私が中学くらいのときにやっとこさ結婚するまで、祖母の家に上げ膳据え膳で暮らしていた。今でも、その伯父の小汚い部屋のことは、よく覚えている。休み中に祖母の家に遊びに行くと、必ず昼くらいまで寝ている伯父を、遅い朝ご飯のために起こしに行かされるのだ。万年床と万年炬燵と、その間にうずたかく積まれた本と書類とその他諸々のガラクタ。床はそれこそほとんど見えず、本と紙の山を掻き分けて自分で道を作って、万年床まで辿り着くのだ。うっすらと漂う煙草の匂いは、普段、誰一人煙草を吸わない家で育った私にはとても珍しかった。伯父はこれでも医者で、循環器系の内科医のくせに、子供の私も呆れるくらいの極度の偏食で、『肺がんをなくす会』なぞに入っていながら、大のヘビースモーカーだった。妹であるウチの母の評価は、いつも(というか、今でも)ケチョンケチョンである。

 で、なんでこんな話かっていうと、北杜夫のエッセイを読んでいると、なぜか祖母宅にも生息していた、こういう伯父さん/叔父さんを彷彿とさせられるのです。北杜夫は、小中学生のときに『どくとるマンボウ』シリーズを夢中で読んで、高校生のときに『夜と霧の隅で』と『幽霊』で完全にオチたものの、その後はなんとなく疎遠だったんだが、最近ひょんなことで読み返していると、なんだかとても懐かしい。こういうダメな大人になるのも、ちょっと楽しそうでいいなあと思っていたものだが、最近、歳の離れた下の妹曰く「お母さんから、上のお姉ちゃんは反面教師だと思いなさいって言われた〜」……いや、まさに本望。


■ 2002.9.19   バイオリズム

 一応、まだこれまでの人生で、学生だった時間のほうが長いんですが、その頃と今とで決定的に変わったことと言えば、

 1.会社に行くようになった。一応、決まった時間に会社に行かねばならない。決まった時間には帰れない。
 2.親元を完全に離れた。もう羽根伸び放題やりたい放題。
 3.人生にインターネットが介入してきた。もう無かった頃には戻れない。
 4.人生に携帯電話が介入してきた。ポケベルも持たなかった私の節を曲げさせるなんて……

 結果、得るものも失ったものもたんまりありますが、最大の難儀は、それまで浴びるように読んでいた本やら雑誌やら漫画やらを読む生活サイクルがうまく掴めないこと。
 通勤の暇潰しとお昼には長編を。寝酒に短編やエッセイ。番狂わせが、うっかり手元に揃えてしまった長編漫画やうっかり読み始めてしまったジェットコースター型エンタテイメント。「ちょっと、さわりだけ……」というのが命取り。速攻徹夜一時之暴走後悔先不立若気至或年寄冷水朦朧出社給料泥棒。
 やっぱ、駄目か……


■ 2002.9.18   安上がりな幸福

 これからの季節は、大根があれば幸せです。以前ここに、対独り者自炊指南なんぞ書きましたが、大根だけは丸一本買います。味噌汁、おでん、煮物のあったかい系からサラダ、酢の物、浅漬け、何でもいけます。煮物はどんな相手が来ても相性いいけど、ちょっと油気のあるものがベスト。揚げ豆腐とか、豚肉とか。
 ちなみに私、大根の葉っぱが好きです。特に根元の茎のほう。だからなるべく茎が長く残っているやつを買います。刻んで味噌汁の具にしてもいいし、煮物の仕上げにちょっと散らしてもいい。かなり長時間煮てしまっても、しゃりしゃりしてるんです。心置きなく煮物ができるこれからの季節に万歳。

<本日の大根日和>
 新しい味噌を買ったから風呂吹き大根がしたいなあ……と思うも、昆布がなくてあえなく断念。管理人さんとはよく食料をやりとりする持ちつ持たれつ関係だが、さすがに「すいませーん、昆布貸してください〜」とは言えない……ので、味噌おでん♪<「もう!?」とか言わない。
 今日は煮込んで明日まで寝かせるのさ。<と言いつつ、すでにつまみ食い済み。明日の朝ご飯が楽しみです。ええと、朝ご飯におでん食うのって、変ですか?(私の場合、日常茶飯事なんだが……)


■ 2002.9.16   へろへろ

 紀州の梅酒を貰ったので何も考えずにロックにして飲んだらへろへろです。梅酒ってこんなにきつかったか?!とラベルを見ると、アルコール度数14〜15%と書いてある。日本酒並みではないか!
 すみません、見縊ってました。いつも居酒屋では酔い覚ましに飲んでましたが、そういう心構えじゃいけなかったんですね。ってか、本当の梅酒ってこんな感じなんですか? 酒好きなわりには、知識はないので。
 居酒屋なんかで出てくる梅酒は甘くてあんまり飲めないんですが、これは梅特有の香りと味が強いだけで、甘味はさほど感じない。どころか、酸味とアルコール度数があいまって、リキュールのようにガツンガツン効きます。辛いと感じるくらいです。今キーボード打ってても手元がへなちょこ。


■ 2002.9.15   こんなこと言うために夜なべしたあたしって馬鹿ね

 いまどきこんなベタなトンデモ本があるなんて、と半ば感心しているんですが。明石散人『鳥玄坊 時間の裏側』(講談社文庫)
 超絶ミステリって帯に書いてあるけど、真面目なミステリファンは怒りそうだ。主人公が延々古代の謎を調べまくって、その内容を説明臭く延々喋って、伏線も何もありゃしない展開、それも面白ければいいけど、これはいろいろ安直過ぎる。
 だいたい「超古代」ときた時点で何となく萎えてしまったんだが、まあ鉢型UFOやら首都圏壊滅級の大地震で日本が崩壊するやら不老不死やらといろいろ詰め込み過ぎの感がある上、とどのつまりが古代に封印された巨大怪獣オチってどういうことですか。そういうオチならゴジラのほうがよっぽど爽快でいい。あと、「鳥玄坊」のネーミングが安直過ぎ。ところで、あれだけ神仙思想を話の中心に持ってきながら、抱朴子や淮南子、列仙伝が参考文献に出てないのはなぜ?
 ネタバレ反転なんて技、はじめて使っちゃった(笑)
 しかし、突っ込みが目的とは言え、時間を費やして最後まで読んでしまった自分の貧乏性が憎い。

■ 2002.9.14   帰還

 近くて近いね、台湾。

 ってのは金城武と志村けんちゃんのCMだけど、行って帰ってきました。
 いろいろ慌しかったけど、とても良かったです。面白い国でした。今回は実は完全な観光旅行ではなかったので、行きたかったところは全然回れなかったし、写真も撮れず、ほとんど街歩きも買い物もできずだったけど、食べ物は美味しいしお茶も美味しいし、人や街は面白いし、何よりまた今度ゆっくり来たいと思いました。通りを歩いていても、なぜかあんまり外国に来たっていう緊張感がなかったです。雰囲気は勿論、全然日本と違うんですが、違うけど違和感なく受け入れられるというか。ちょっと暑いのが難点だけど、日本以外でここなら住めると思いました。いきなり辞令一発、転勤しろとお達しが下っても、多分喜んでほいほい行きます。
 ただ問題は言葉ですね。向こうの日常会話は、北京語交じりの台湾語。大学の第二外語でやっつけで習った程度の北京語では歯が立たない。こちらの北京語は通じるし、相手はわかってくれるけど、向こうが話す言葉がわからない。しかも台湾の人はとても親切で、すぐに日本語や英語に切り替えてなんとか通じるように話してくれるから、こっちの勉強には全然ならないのでした。まあ勉強以前のブロークン中国語で、圧倒的に語彙が足りないんですが……
 今回の最大の収穫は、現地の人に本場の茶藝を教えてもらったことです。
 今度中華街に行って、茶器セットを買ってこよう。

 ところで、一週間もほとんど日本語を見ていなかったので、なんだか今ちょっと妙な気分です。一応、飛行機の中とホテルの夜は暇だろうと思って、前に書いた『決定版 夏目漱石』と『それから』を持っていったけど、全然読まず仕舞いで、そのくせ帰国したその帰り道にまた古本屋で文庫買っちまいました。『どくとるマンボウ途中下車』(北杜夫 中公文庫)は帰りの電車の中で読んで、ひさびさのマンボウ先生が懐かしかったです。しかしその後に團伊玖磨の『パイプのけむり』(朝日新聞社)を読んで煙たくなってしまった。


■ 2002.9.7   付焼刃中

 我去旅游、五天以后回来。期待天気真好。一会儿見。


■ 2002.9.4   悪食

 夏目漱石なんか『猫』と『坊っちゃん』と『こころ』しか読んだことないくせに、江藤淳『決定版 夏目漱石』(新潮文庫)を読んでいる。この種の、本文を読む前に解説を読む悪癖だけは、どうしても矯められない。そうさ、私はコロンボ刑事の、あの底意地の悪さが大好きさ。
 でもこの性癖はひょっとしてフィクション読みには向いていないんじゃないかと、ふと思ったんですが。今まで何の疑問も持たずに自分はフィクション気質だと思ってたんだけど、それは単に所謂ノンフィクションやルポタージュ、ビジネス書の類を読まないというだけで、どっちかというと自分の好きな分野の論考やエッセイを好んで読んでいたんじゃないかと。小説にしても、私の好きなタイプの小説って筋があるんだかないんだかわからないようなものが多いし(そういえば、ほぼ初めて小説らしい小説とのファーストインパクトを受けし高校生の頃、心酔していた小説は北杜夫の『幽霊』だった)。それって結局は、ストーリーに興味があるのではなくて、その本が提示する世界観に興味があるってことだ。実は私、長編スペクタクル、苦手だったのか。
 短編はともかく、長編になると純粋にどきどきわくわくしながらストーリーを追うことができず、大まかな骨格を頭に入れた状態で、作品周辺にまつわる様々な雑念や邪念にたっぷりまみれながら流し読みするのが私にとって一番の快楽であるらしい……と、やっと最近になってわかってきました。こうしてみると、イヤな趣味だな……

■ 2002.9.1   素晴らしき家族旅行

 家族との見解の相違ほどやっかいなものはない。お互いに家族だからという甘えがある分、通常の他人同士のいざこざよりも深いところでこじれるし、根本的な意見の擦り合わせも難しい……と、思う。少なくとも私の場合。家族と(特に両親と)私とで考え方のベクトルが完全にあさっての方向を向いているというのは、わりと子供の頃からすぐにわかったことなんですが、この先もこの面子とずっと擦り合わせを続けなければいけないと思うと、かなりうんざりするのは事実。
 いや、そんな大したことじゃないんです。たかが旅行のプラン一つのことなんですが。昼前に軽い気持ちで電話したら、思いもよらず縺れて、携帯の電池が切れそうになるほどの長電話になってしまった。なんだかぐったり消耗して、昼から美術館にでも行こうかと思っていたけど、それにもちょっと中途半端な時間で、そこからはもう、無気力の権化。
 まあ、我が家の家族旅行はいつもこんな感じで、明らかに船頭多くして皆口ばかりパターン。行きの車の中か、帰りの車の中、もしくは両方で必ず喧嘩になっていたりする。それでも一定期間経つと、誰かしらがどこかに行こうと言い出すところが、懲りない面子ではある。






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