2006年10月の不定期日記 戻る 
不定期日記


■ 2006.10.31   俄か健康オタク

 実のところ心の底では健康オタクを馬鹿にしていたのだが、いざ自分が体調を崩してみると俄かに健康オタクになってしまうポリシーなしです。でも咽喉元過ぎれば属性も多分にあるから、いつまで続くかね。

 5個150円というので飛びついた黄かぼすがごろごろ冷蔵庫にあるのに、ここしばらく全然自炊できなくて消費できず、仕方ないから絞ってジュースにして飲んでます。この無駄な贅沢に快感を覚える…!(アホ) 一個をレモン絞りでぎゅうぎゅう絞って、コップ一杯弱の水で薄め、砂糖も蜂蜜も加えずそのまま飲んでます。美味いけど、空きっ腹に飲むとさすがにちょっと胃にしみるな。酸っぱいもの苦手な人は真似しないでください。


■ 2006.10.29   時の流れに

 身を任せすぎ。何故こんなにPCの前に座る時間が取れないのだってそれはやるべきことを溜めるからだ。

 髪切ってきた。軽くなって超嬉しい。

 『カルヴィーノの文学講義』 イタロ・カルヴィーノ/米川良夫 訳(朝日新聞社)(10/24)
 我が家に積読になってた『ウンベルト・エーコの文学講義』を読もうと思ったら、しょっぱなでカルヴィーノの文学講義にリスペクトを表明していてやややと立ち止まり、これまた積読になっていたカルヴィーノから片付けることにした次第。うーむ、やはり取り上げられている元ネタ本をほとんど知らないので消化不良気味ですが、カルヴィーノが作品ごとにくるくると転換してみせた様々なスタイルで何がしたかったのか、ぼんやりと感じ取れた…かな?(わかったとは言えん) 私の好みとしては眉間に皺が寄っちゃうようなおブンガクより、カルヴィーノが大事にした身のこなし軽いスタイルのほうが性に合います。軽さ、速さ、正確さ、視覚性、多様性。

 『カポーティ』(10/28)
 レイトショーに駆け込み。アカデミー賞やら何やら総ナメというので期待して行ったのだが……サスペンス映画としてはちょっとダレ気味な気が。とりあえずトルーマン・カポーティがいかに嫌な奴だったかは余さず描かれていて、フィリップ・シーモア・ホフマンの怪演は見事なのだが(さすがにゲイ役に慣れている!)、それしか印象に残らないっていうのは映画としては良いのかな? あと、もしカポーティがあの映画に描かれている性格そのままだったとしたら、死刑に立ち会ってその光景自体に衝撃を受けはしても、良心の呵責は覚えなかっただろうと思う。死刑執行後に「彼のために何もできなかった」とネルに電話するカポーティは、おそらく「惨い刑の執行を目の当たりにしてショックを受け、心を痛める自分」に酔っているのだ。『冷血』の後、カポーティが一作も書けなかったのは少なくともこの事件に関する罪の意識が主因とは思えないな。


■ 2006.10.23   遠征

 大学同期の結婚式で大阪遠征しとりました。絶不調だが二次会の司会やら何やらいろいろ仕事を引き受けてしまったので欠席するわけにはいかず。それにしても披露宴から二次会まで、あれだけ笑いを取る新郎新婦は初めて見たよ。らしいと言えばらしいのだが。おかげでリラックスした雰囲気で楽しめました。しかし史上かつてなく飲まなかった一日だった。式から披露宴、二次会、三次会まで出て、飲んだのは披露宴で乾杯のシャンパン一杯と問答無用で注がれた白ワインと赤ワインを味見した程度、あと三次会で梅酒ロックだけ。椿事ですな。

 『書物の運命』 池内恵(文藝春秋)(10/16)
 信頼できる筋の書評で褒められていたので読んでみた。エッセイや書評集なのだが、著者は中東研究者なのでその関係の話題や本の紹介が多い。イスラム圏には果てしなく疎いので当然ながらほとんどわからないジャンルなんだけど、この人の穏やかながらも明快な、書かれた一言一句に責任と自負を感じさせる論調にはとても説得力があり、信頼感を感じる。「この人の言うことなら信頼できそうだ」と思わせる書評者は貴重です。ガイダンスなしに全然知らない分野に手を出して、手探りで当たり外れを取捨選択していくなんてことをする時間も体力も今はない。ちなみに父がドイツ文学者、というからもしやと思ったら、やはり池内紀の息子だそうです。

 本の内容にはあまり関係ないんですが、この人の生育環境には自分と似たところがあって親近感を覚えます。子供の頃、家でテレビを見せてもらえず、本だけは潤沢にあったというところ。私の場合、テレビのチャンネル権は完全に両親の掌握下で、両親が見るニュース番組やアニメ等はそこそこ見てましたが、所謂バラエティ番組は一切見せてもらえなかった。ひょうきん族もおニャン子も実は一回も見たことがないし、ドリフもほとんどリアルタイムでは見てません。だから同年代のテレビ話題にはほとんどついていけないんですが、著者の場合、本当に家にテレビがなかったそうで、我が家以上の隔絶。新聞等の活字媒体で仕入れた情報だけで実際には見ていないテレビ番組の話題について行ったなんて話には「そうそう!」と膝を打つ思いだった。しかし家に転がっていた父親の本を読むったって、父親が文学者ならいいけど、細菌学じゃあねえ。専門書には歯が立たないし(それでもあまりに暇なときには写真だけ眺めたりしていた。細菌の顕微鏡写真ですけどね…)、仕方ないから『家庭の医学』とか軽い読み物的新書とか『冠婚葬祭入門』の類の実用書なんかを拾い読みしてました。かくして理系の父親から、四則演算も怪しい数学音痴で、もう一年余計に勉強する羽目になるのが嫌という一心で何とか落第せずに学校教育課程をよろよろ終えるような子供が育ったりするんですねー。家庭環境なんてそんなもんだ。


■ 2006.10.19   完徹

 人生二度目の痛くて完徹経験をした。一回目は右下の親知らず、今回はお腹と脇腹から背中にかけて。昨日の夜中どうしても眠れなくてそのうち寝返りも打てなくなり、夜中の三時にタクシー呼んで夜間外来行ったら点滴四本打たれました。点滴も人生二度目だ。そのまま横にならせてもらって、朝八時頃にはほぼ痛みは収束。夜間外来では通り一遍の血液検査や尿検査、レントゲン検査しかできなかったけれども、そこでは尿潜血くらいで目だった異常は出なかった。急性腸炎ですかね、という診断で(しかし腸炎って腸の炎症なら何でもアリの病名だからな…)薬を貰って終了したが、あれは一体何だったんだろう。多少まだ違和感が残りつつも痛みがなくなってみると、夜間外来に行くほどじゃなかったんじゃないかとも思うけど、この病院嫌いの私が「ヤパい、行かねば」と思ったんだから、相当なもんだったはずだ。夜間外来の処置の仕方にもいろいろ思うところはあるけど(痛みで手が震えている人間に問診票なんか書かすな)、とりあえずお騒がせしました。

 で、今日一日休んでいたわけだが、完徹したのに全然眠くならないのが不思議。


■ 2006.10.14   人差し指タイプ

 してます。右手が相変わらず調子悪いので。慣れると結構打てるもんだ。

 『私の個人主義』 夏目漱石(講談社学術文庫)(10/13)
 夏目漱石の講演原稿集。明石での『道楽と職業』は内田百閧ェ岡山から聴きに行ったやつでは。正直言ってちょっと漱石の見方が変わりました。そこらに跋扈する保守とも何ともつかないオヤジどもよりずっと先進的でクールな見解ではないですか。しかも小難しい表現皆無のわかりやすい言い回し、しっかり真面目で社会的な内容を扱っていながらもそこはかとなく漂うユーモア。話し方などの実際のパフォーマンスはわからないけど、この原稿だけから判断すればかなり講演上手だったと思われる。

 特に表題にもなっている学習院の学生向けに講演した『私の個人主義』には個人的にしみいるような共感がありました。通勤途中にちびちび読んでましたが、この最後のだけは一気読み。自分の自由を尊重したいなら他人の自由も阻害してはならない。そして自分の自由度と他人への影響力は自分の持つ権力と金力に比例し、権利と義務は表裏一体である。私に主義とかポリシーがあるとすれば、おそらくこれだけです。自分が好きにしたいから、他人がすることにも(犯罪とか実害が及ぶとかでなければ)基本的に口を出さない。紐付きの金と生活環境では自分だけの意思決定はありえないと親元にいた時分に悟ったしな。世の中こういう人ばかりだと生活しやすいんだけど。

 こうして読むと漱石ははっきりとリベラル派だ。左派か右派かはちょっと判断がつかないけど。イギリス的自由主義と言って悪ければ、少なくとも日本的世間主義ではないと言いますか。漱石はイギリスが嫌いだと明言してますが、気質的には結構合ってるんじゃないだろうか。あの時代に渡欧したちゃきちゃきの江戸っ子(知識人としてのプライドもそれなりにあっただろう)だから、向こうの階級社会や差別・優越意識はさぞかしショックだったに違いないけど、ナチュラルボーンなイギリス人だったら、本当にイギリス人らしいイギリス人だったんじゃないかと思う。飄々としたユーモアとペシミズム、シニカルさがぴったりだ。


■ 2006.10.12   ご無沙汰

 いろいろ崩壊気味ですが生きてます。

 ここはテスト前に輝いて見える漫画本のようにテンパった時ほど繁々と更新する場所だったはずなんですが、それができなかったのは、ここしばらく右手の調子が微妙に悪いからです。薬指と小指の付け根がじんわり痛い。その他諸々の併発症状を鑑みるに軽症の腱鞘炎ではないかと思われるフシもありつつ、まあ疲れの蓄積だろうと騙し騙ししてます。原因は明白で、先週からいくつか続いた数万ワード級の翻訳文の修正のせいです。まあひでえのが続いたもので、やたらに修正箇所が多かった。右手の薬指で上下左右キーとEnterキーとDelキーとBackSpaceキーを日に数百回は連打していたでしょう。やれやれ。今のとこあと一件この手のヤツがあるんだよな。

 今頃ですが、東フィル定演に行ってきました。サントリーホール。(10/5)
 イサン・ユンの交響曲第4番はすみません爆睡しました。目当ては後半のワーグナー序曲集。「さまよえるオランダ人」序曲、「ローエングリン」第三幕前奏曲、「タンホイザー」序曲、「トリスタンとイゾルデ」第一幕前奏曲、「マイスタージンガー」第一幕前奏曲、の超定番ラインナップ。いやはや楽しかったです。ホルンが一番と三番にアシつけて六本でやってました。プロオケでアシつけてるの見るの初めてだなあ。トロンボーンは我が世の春状態でしたね。一晩で半年分くらいの仕事したんでは。

 いくつかいただいてますメール、お返事遅れててすみません。今暫しの猶予を。


■ 2006.10.3   我に返ると

 南瓜四分の一を使った煮物を一食で食い尽くそうとしていて危なかった。例に漏れず、芋タコ南京は好きですよ。と言っても、芋と南京が好きになったのは最近です。しかも、芋はじゃが芋とか山芋とか里芋とか薩摩芋以外のほうが好きだったりします。薩摩芋も最近好きになりましたけどね。秋はいい秋は。


■ 2006.10.1   さっさと返してこなきゃ

 貸出期限今日までだった。

 『ウォータースライドをのぼれ』 ドン・ウィンズロウ/東江一紀 訳(創元推理文庫)(9/26)
 このシリーズ読むの学生時代以来だからなんだか懐かしい。ウン年のブランクが空いているにも関わらず、前作までの内容を自分がわりと覚えていたのに驚いた。シリーズの順番は間違えて覚えていたけど……。(『仏陀』と『高く孤独な道』が逆だった) 学生の頃読んだ本の内容って、かなりよく覚えているな。お金がなかったから買う本を今より厳選していた上、今よりも吸収が良かったからでしょうね。そういやドン・ウィンズロウも情報機関のエージェントやってた人じゃなかったっけ? 全然本の感想を書いてないですね。既作より全体に軽いノリでした。やたらと細かく視点が入れ替わるのが気になる(こういうスタイルは苦手)。次作は外伝らしいから、これが実質的にシリーズのトリになるようですが、だとするとちょっと肩透かし食った気分。






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