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山猫(イタリア語完全復刻版)
■ 2004.11.10 (日記より移動)
Il Gattopardo/1963/イタリア=フランス/原作:ジュゼッペ・ランペトゥーザ/監督:ルキーノ・ヴィスコンティ/音楽:ニーノ・ロータ/バート・ランカスター、クラウディア・カルディナーレ、アラン・ドロン/第16回カンヌ映画祭グランプリ/撮影・復刻版監修:ジュゼッペ・ロトゥンノ/日本語字幕:清水馨


 『山猫』観てきました。(11/10)
 セットといい衣装といいエキストラの数といいキャストといい、もうこんな映画はこの先撮れないに違いない。3時間かぶりつきで、頭の中はすげーすげーがエンドレス・リフレイン。この映画の3時間は、ヨーロッパの巨大な博物館に半日入り浸るのに匹敵します。舞踏会のシーンは噂に違わず凄かった! どこからどこまで部屋が続くとも知れない広大な屋敷に、ひしめき合う正装の貴族たち、かしましいおしゃべりと乱痴気騒ぎ。豪華絢爛さとともに、むせかえるような汗と香水の匂いが漂ってきそうな臨場感が素晴らしい。

 アラン・ドロンに貴族は似合わないと前に書いたけど、彼の役タンクレディは何とか表舞台へ這い上がろうとする野心満々の没落貴族なので、あれはあれでいいのでした。まったくアラン君ときたら、髭も眼帯も胡散臭いこと! 見事なはまり役です。クラウディア・カルディナーレには、画面に出てきた瞬間人目を釘付けにするような凄いオーラがあります。山猫の一族と言いながらどこか草食動物の群れのようなサリーナ公爵家の人々のなかで、一人獰猛なほどの生命力を発散している。何が凄いかって上目遣いに人を見据える強烈な視線と、三白眼。元祖目チカラ女優ですよ。しかし彼女といいアラン・ドロンもバート・ランカスターも映画の中で動いている姿のほうが格段に美しい。劇場ポスターやパンフレットの写真がどうにも古めかしく、表情などもあまりいい写真に見えないのに、映画の中では絶世の美男美女、美老人に見えるから不思議です。

 イタリア統一の時代に貴族の時代の終焉、新旧世代の交代を描いた映画、というのが定説で確かに概ねその通り。それ以上に思うことはあるんだけど一口で説明しづらい。貴族の時代の終焉と言っても、旧世代の代表たるサリーナ公爵は無能ではない。なすすべもなく没落していくのではなく、冷静に局面を判断して布石をしていく。ただ彼はどうあっても新時代とは相容れないのだ。新時代の象徴はタンクレディではなく、アンジェリカだと考えるとわかりやすい。奇矯で下品で、しかし生命力に満ちて美しいアンジェリカは、公爵の目にもどうしようもなく魅力的で、あまつさえ公爵を誘惑しようとさえする。そして公爵はその美しさに惹かれつつも、自分の相手ではないと悟り切って退場していく。現状維持を望むなら、変革が必要である。それを理解し変革を受け入れ対処することと、変革そのものと折り合うことは別物なのだと。最後のシーンの公爵の見事な引き際。どこぞの企業トップに見せてやりたいもんですな。




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