イゼルローンのタコ部屋。

前略、ヤン・ウェンリー様

Dear Admiral Yang Wenli: ...


たまたま今の職場で英文レターに日常的に触れるようになって、欧米のレター文化にちょっと感心しました。ビジネス上でさえも(ビジネス上だからかもしれませんが)書簡の持つ重みとそれに対するこだわりは日本と比べ物になりません。一言でいえば、「正式文書である」ということを、体裁ではっきり主張しています。しっかりした材質の、その会社あるいは組織のヘッダーが刷り込まれた専用の便箋を使って、きちんとタイプ清書して、直筆の署名入りで送ってきます。大量コピーしたであろうぺらぺらのコピー用紙の本文にぺろっと印だけが押されているような日本の書面とは大違いです。これも文化の違いなんでしょうが、ここは日欧比較文化学なぞをぶつ場所じゃありません。

私が注目したのは、そのレターの書式です。英文レターにもシチュエーションによって定型書式がありますが、共通する構成は大雑把に言うと、宛先、タイトル、Dear誰々、本文、末尾、そして署名です。問題はこの末尾、日本で言う、「敬具」とか「草々」にあたる部分。"Very truly yours." ……これを見たとき、私固まってしまいました。なんてオイシイ一節なんだ! だって直訳したら「真実にあなたのもの」ですよ?! あなたのものあなたのもの。うわーうわーとか騒ぎ出さなかった自分を褒めてあげたい。どこにでも萌えは転がっているものです。油断できない。

そういうわけで、私の手紙萌え週間がはじまりました。つまり、ヤンとアッテンボローならどんなレターのやりとりしてただろう、です。ヤンはともかく、アッテンボローは結構マメそうだから、レターもきっとたびたび書いたろう。別に紙の書簡じゃなくてもメールでもいい(メールでもある程度のこの書式は守られているようだし)。ヤンもものぐさとはいえ、惚れた相手(そこ、ツッコミ不要ですよ、私の脳内設定なんだから)に貰ったレターに返事を返さないほど鉄面皮じゃないはずだ。先輩後輩とはいえ親しい者同士だし、きっともっとくだけたやりとりだろう。とはいえ先輩後輩という間柄から、完全にフランクにはならない、そこはかとなく上下関係が匂い立つ文面になったに違いない。この微妙さ。堪りませんね。

前置きが長くなってきたので、とっとと具体的にいってみましょう。

まずは書き出し。「拝啓」にあたる部分はありませんが、強いて言うなら"Dear"のところでしょうか。「ヤン先輩へ」とかやってほしいものですが、残念ながら英語に「先輩」にそのまま当てはまる言葉はないと思います。目上の人にはミスターかサー、あるいは地位・職階で呼ぶまでです。その代わり、親しい者同士ならファーストネーム呼びが普通です(政治家なんか親しくなくったってパフォーマンスとして呼び合うくらいだ)。レターでも同様。なので、同盟が英語文化なら、実際は公式の場以外はナチュラルに「ウェンリー」「ダスティー」だったと思います。くぅ! 萌える! 先輩後輩萌えネタを捨ててもお釣りがくるオイシサです。

はい、で"Dear Wenli:"だったとして("Dear my respectful Admiral"でも"Dear my best company"でも"Dear my mercy patroller"でもいい。アッテンはそういう洒落っ気ありそう)、次は本文。これはまあいいでしょう。後輩君はせいぜい先輩が悶絶するような赤面モノのラブレターでも書いてください。ラブレターだと本人は思ってないのに結果としてラブレターになっているところがミソ。先輩は「もう鈍いんだから水臭いですよ今更ー」なちょっと控えめな、でも甘えの滲み出た文面で後輩君を転がしてやってください。あー誰か書いて書いてー。<他力本願。

で、本題の末尾。ここはレターの最後で、ぐっと相手のハートを掴む殺し文句が求められるところ。ビジネス文書でよく使われるのは上で書いた"Very truly yours"とか"Best regards"。大体の感覚として、前者は目下→目上(対顧客とか)、後者は対等か目上→目下で使われているようです。意味としても、「真実あなたに(忠実な)」「最大の敬意をもって」くらいのものでしょう(邪推したのは私が腐れだから)。これがくだけると、"Yours, truly"とか単に"Best"とか。

後輩君には是非ここは"Yours"系でいっていただきましょう。下僕ですから。「あなたのもの」ですから。オーソドックスには"Yours, sincerely(あなたの誠実な)"でしょうが、はじめて出すときなんか緊張して"Yours in admiration(尊敬するあなたの)"とかでもいい。このあと署名だから、「あなたのダスティー」ですね。や、もうこれだけできっと先輩陥落だ。普段使いは"Yours ever,"とか。さらりと「いつもあなたのもの」とか言って欲しい。

対する先輩は照れ隠しに"Best,"などとあっさりめ。ときどき"Best as always,"なんて書いて後輩君を小躍りさせてください。とてもいいなあと思うのに"Love,"の一言があるんですが、なんかこの二人は意地でもそういうの使いそうにないなあ。

というわけで、外伝が出版されるなら、是非この企画を実現していただきたい。ずばり、『ヤンとアッテンボローの往復書簡集』。100の質問「外伝で何を取り上げて欲しいか」の項で何で思いつかなかったのか。オノレの不明を恥じます。

それでは皆様、快適なレターライフを。


Yours with utmost respect and awe,

Yukie Tatsumidou


Peccata Mundiの遊佐薫さんの全面協力により、ダスティ&ウェンリーの往復書簡を一挙公開! 士官学校時代の秘蔵直筆レターの全文公開という快挙に至りました。なお入手ルートに関するお問い合わせは一切ご容赦願います。(笑) (2005.8.28)

(2005.7.24/8.28)




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